2010年4月2日金曜日

ヨウジヤマモトの東京コレクション、その建築的表層と「モードの体系」

19年ぶりという、ヨウジヤマモトの東京コレクションを見る。桜の夜も暖かかった4月1日、丹下健三の代々木第2体育館は、3000人のファンで埋まっていた。

私は「ヨウジヤマモト」のファッションを愛用している一人である。彼のデザインするジャケットは左右非対称であり、シンメトリーではないところが建築的で面白い。ファッションを建築という記号で捉えれば、もう一人、布を立体的に裁断しようとする三宅一生の発想も建築的である。二人とも建築を専門に学んだ訳ではないが、建築を学びモードの世界に入ったジャンフランコ・フェレの生み出すファッションよりも建築的であるのが、これもまた興味深いことである。

当日の演出は秀逸であった。プロによるウォーキングではない、それぞれに個性を出したステージ上でのプレゼンテーション。ライブによるショーの音楽も、柔らかく暖かかった。
山本耀司フリークの3000人の中にいて、僭越であるが私は「山本耀司賞」を受賞した唯一の建築家である、と自慢したくなった。これは、自慢してもいいことだろう。
ある建築の賞の審査で、私の作品を特別審査員であった山本耀司氏が、「私の名を付ける賞はこれしかない」と言って選定していただいた。まるでバロックのようだ、という言葉を添えて。この山本耀司氏の言葉は、今でも忘れられない。
私は山本耀司賞を受賞してから、ヨウジヤマモトを着始めたのではなかった。それ以前から、そのテイストが好きで着ている。であるから受賞の感慨は非常に大きなものであった。受賞から10年、代々木第2体育館の3000人の一人として、非常に光栄な賞を受賞したのだと改めて想い出される。

山本耀司氏の暖かいエピソードがある。山本耀司賞を受賞したその時、山本耀司氏は賞とは別に自分から何かをプレゼントしたい、と私に言ってくれた。何が欲しいか考えておいてくれ、とも言われた。私は非常に感激したが、賞の選考での公開プレゼンテーション上での社交辞令のようなものだとも思っていた。
そして後日、秘書の方から本当に電話があり、「山本が何かをしたいと言っていますので・・・」といわれた時には、本当に驚かされた。一介の受賞しただけの建築家に、約束を守りフォローをする。巨匠が、ここまでしてくれるのだろうかという気持ちで一杯だった。

今思えば、「私のためにジャケットをデザインしてください。」とでも言えばよかったと後悔している。秘書の方の言葉に私は恐縮し、「私が招待しますから、是非一緒に食事を共にし、写真でも撮らせてください。」という、簡単なお願いをしてしまった。私は遠慮して畏れ多い巨匠にそう申し上げたかったのだが、よく考えるとこちらの方が簡単ではなかったかもしれない。忙しく世界を飛び回っているスケジュールを調整するのが、どれほど大変なことであるか、私には想像もつかなかったのである。この私の「お願い」は、スケジュールの絡みなどもあったのだろう、実現できないままに現在に至っている。
私は自分の心の中で、山本耀司氏に「貸し」がある男であるとほくそえんでいるのだ。

賞のプレゼントに私だけのジャケットをデザインしてください、と言えなかったからではないが、私はヨウジヤマモトの1点もののジャケットを手に入れた。青山本店のスタッフと顔なじみになり、「ショーの1点ものですが・・・」と言って裏から持ってきてもらったのだ。生産ラインに乗せなかったコレクションアイテムは、山本耀司氏の手の跡がダイレクトに見て取れる。それは、かつての三宅一生のブランド「ぺルマネンテ」で、三宅一生の手の跡が見て取れたのと同じ感動であった。

上述の美しいヨウジヤマモトの1点もののジャケットや、三宅一生の独特の素材感を出した詩的な「ペルマネンテ」を想うと、衣服のレトリックから詩を導いた記号言語学者、ロラン・バルトのテクストが浮かんでくる。
バルトは衣服と言語活動が出会うところに、多かれ少なかれ詩的なものが生まれるという前提から出発し、(1)「現実的機能から見せるものに移るとたんに詩的移行がある、たとえその見せるものが機能という外観に姿を変えていても。」(2)と続ける。
「衣服は見せるものとして、その素材、形態、色彩、触感、動き、着こなし、輝きといった物質性を動員するし、さらに衣服は身体に接触し、身体に代わり、身体を覆うものとしての機能を果たす以上、きわめて詩的であろうと考えうる。」(3)と、ロラン・バルトを解読する篠田浩一郎は語る。

現実的機能から見せるものに移るとたんに詩的移行がある

バルトのこの言葉に、建築家としての私は何度となく鼓舞された。

ヨウジヤマモト東京コレクションの余韻を、ライトアップされた夜桜を眺めながら代々木公園の裏手に位置する馴染みの「ヴィオレット」で、ロラン・バルトを想いながら白ワインとともに愉しんだ夜だった。


1 篠田 浩一郎『ロラン・バルト -世界の解読―』p.150.
2 篠田 浩一郎『前掲書』p.151.
3 篠田 浩一郎『前掲書』p.151.
参考文献
篠田 浩一郎『ロラン・バルト -世界の解読―』岩波書店 1989年   


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