2011年6月30日木曜日

宰相・大平正芳のウイスキー

東京都世田谷区瀬田。
東急東横線二子玉川駅から北東へ高台を上がると、そこには閑静な、歴史ある高級住宅地が形成されている。

二子玉川は東横線始発の渋谷からディスタンスがあるにもかかわらず、高島屋のスノッブな雰囲気がその高級住宅地のイメージを相乗させている。渋谷寄りにある自由が丘とともに、地域住民だけの街ではなく渋谷から足を延ばすことも面白い。

目指す瀬田1丁目には、高級マンションを横目に急勾配の坂道を登らなければならなかった。高台に出ると、閑静な住宅地に相応しくない幅員の広い道路が静かに佇んでいる。
 住宅地の1区画が大きく確保されている、住環境の良好なその街区の中で、ひときわ威容を誇っている宅地があった。

770坪。その数字は大きな住宅地というイメージではなく、コレクションを満喫できる美術館がすっぽり収まるのほどの大きさである。

その瀬田の高台の770坪は、日本の宰相・大平正芳内閣総理大臣の邸宅跡地であった。
私はその大平正芳邸跡地に、あるプロジェクトを企画しプロデュースを任せられる。今から数年前のことだった。その魅力あるプロジェクトは、基本設計まで完了しその役目をひとまず終える。

私が巻き込んだ世界のスーパーアーキテクトは、日本の磯崎新、アメリカのリチャード・マイヤー、イギリスのリチャード・ロジャース、オーストリアのハンス・ホラインである。建築を知っている人間には、そのビッグネームが一堂に会したプロジェクトがあったと聞くだけで、驚きに包まれるに違いない。

そのプロジェクトのことはいずれ書かなければならないと思っている。ここでは、大平正芳邸の佇まいについて記していきたい。

門を通り抜け、樹木が鬱蒼と茂った石畳の車路を車寄せまで静寂の中を歩く。瀬田は緑多い地域であるが、大平邸は大きく成長した樹木が敷地境界線をガードするかのように茂っていて、周囲の樹木とは別格の佇まいを見せている。

プロジェクトを始動するために大平邸を解体するときには、周辺住民が大平邸に植栽されている樹木を分けて欲しいと嘆願し、そのように事業主が分け与えたほどの立派な銘木が揃っていた。

大平邸は、決して華美に走らず瀟洒な佇まいを見せる平屋建てであった。それは、日本の宰相として頂点を極めた人間をイメージすると、拍子抜けするほどの閑静な趣きを私に見せている。

私は、大平正芳と縁もゆかりもない。建築家の因果により、一時の日本の歴史をつくる場を大平正芳と共有したであろうこの邸宅に対峙することができる幸せを、車寄せの石畳に立ち私は噛み締めていた。

主がいなくなったこの邸宅に、幅広いガラス扉を開けて私は入る。既に解体業者が入り込み、雑然とした内部を目にすると、建築家という現実に引き戻されてしまう。

リビングルームの窓から前面の庭を望むと、まるで軽井沢の別荘のように、ここでも自然が自由に育っている。その荒れた風景は、主がいなくなり手入れを放棄されてしまった、悲しい物語を読むようだ。

私は内部に入り、初めて頂点を極めた者の恐ろしさが分かったような気がした。大平邸は、平屋建てである。770坪を一部家族に分筆したとしても、その規模は計り知れないほどの大きさだった。

何か必要な家屋、書斎があれば、敷地のどこにでも増築できるだろう。私が驚愕したのは、総理大臣の広い邸宅とはいえ平屋建ての住宅に、なんと地下に金庫室が設えてあったのである。

大きな平屋建てに不釣合いな、地下の金庫室。

常人の発想であれば、地下室に物を入れるのであれば、広い敷地の中、地上に倉庫などいくらでも建てられるだろう、と考える。しかし大平正芳は違った。
万が一の震災・火災に備えて、ということもあるだろう。しかし私には、決して表には出せない、日本の舵取りをしてきた証を眠らせていたのだと思えてしまうのだ。
私でなくても、大平正芳が暮らした手の跡を見てしまえば、誰でもそう思ってしまうはずだ。

リビングルームの床に、1本のウイスキーボトルが転がっていた。
コルクがささり、中身も2センチ程度残っている。私は何気なく手に取り、ラベルを読んだ。
そこには、「プレジデンツ チョイス」と書かれている。

メーカーは、サントリー。私には今までに見たことのないラベル、商品名であった。
マスターブレンダーとして、佐治敬三のサインが自筆でクレジットされている。
ボトルには、一般的なサントリーの商品のように流通させるためのバーコードや、企業の住所などは表記されていなかった。

まさに、「プレジデント」の邸宅に転がっていた、「プレジデンツ チョイス」であったので、歴代首相にサントリーが贈っていた特別な秘蔵のウイスキーであると、私は考えた。

特権階級の世界には、庶民には分からない、知らされない世界があるのだという秘め事を前にして、私は大平正芳邸の内部に入り込んだことに興奮を覚えた。

その後、プレジデンツ チョイスとは、サントリーのプレジデントがチョイスしたウイスキーであることが判明する。それであっても、プロパーの商品ラインナップには乗らない、隠れた特別なウイスキーであることには代わりない。

それをたぶんサントリーから贈られ、毎晩瀬田の邸宅で飲んでいたのだろう。この1本のウイスキーから、1つの小説を書くことができるかもしれない。

解体した大平正芳邸からは、大規模な瀬田遺跡が出土した。卑弥呼の時代だそうである。遥か時代を超えたその文脈から、私は悠久の繋がりを想わずにはいられない。

大平邸から持ち帰った「プレジデンツ チョイス」は、欠けたコルクを抜き去り、沈んでいたウイスキーの残りを洗い、私のバーに鎮座させている。